百花繚乱のマチュピチュ ~2013年ペルー旅行の思い出後編~

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OfficeArdeCodeインスタグラムはじめました。

コーデさんが。秒で。

コーデさんは凝り性でマメなので

インスタのアカウント作ったことないのにそっこーで作って

そっこーでおしゃれな写真あげてくれました。

旅と投資と心理学

こんにちは。ハッシュタグの意味がわかってない方のあーでです。

8年ほど前の旅行を書くのだし、さらっと書けるだろうと思ったら

思いのほか長くなってしまったので前後編にわけました。

2013年3月25日 マチュピチュ遺跡

少し離れた高台のようなところから

マチュピチュ村からシャトルバスでうねうねと山道をのぼりマチュピチュ遺跡へ。

この時期のマチュピチュは雨期でした。

にも関わらず、奇跡的に晴れ渡るこの空この雲この空気。

へたくそな私の腕でとった写真では、この絶景さを到底全然全くお伝え出来ないから

生で見てほしい。

でもせめて知ってほしい。

美しい。

霧が晴れたマチュピチュは

涙が出るほど美しい。

植物たちはみずみずしく、百花繚乱極彩色の美しさ。

景色を見て涙ぐんだのは初めてだったかもしれない。

「この時期に晴れるなんて本当にラッキーですよ!」と

ガイドのおねえさんもテンションあがって

インカ帝国の石文化と黄金文化について熱弁をふるってくださる。

それを聞いてふむふむふむーっとカルチャーショックを受けながら

マチュピチュ遺跡をめぐる。

写真の中央あたりは宗教施設が並んでいて歩いて観光ができるのです。

が。手すりも何もない崖のような石段を上り下りするので

高所恐怖症の方にはおすすめできません。

8年前だから改善されてそうだけどね。

インカ帝国のお話で印象的だったのはいけにえの話。

グロい話は好きではないし、生贄なんて古代の人は野蛮だな

としかそれまで思っていなかったのだけれど、

なぜ人間の生贄なのか、

「それは人間の命が最も尊いとされていたから」

ああ。そうなのか。

命を軽んじていたのではなく、命が最も尊いからこそ

神様に最も尊いものをささげなければならないということか。

ノーペイン。ノーゲイン。

痛みなくして得るものなし。

なかなか理解できないような、でもなるほどと腑に落ちたような。

同意はできないけれど、そうせざるを得なかったというところには

共感的理解ができるというか。

自分の中でほんの少しパラドックスが起きていた。

これはアルパカ

遺跡の中はときおりリャマ(アルパカより一回りおおきいやつ)がいた。

石の遺跡のはざまにあるちょっとした広場に

リャマが数頭単位で悠然と過ごしている。

ペルーでは北海道で牛とか羊とかの放牧を見るぐらいの頻度でアルパカやリャマみかける。

ちなみに大きさ違いのほぼ同じフォルムで

リャマ>アルパカ>ビクーニャがいて、

羊毛のように毛糸にされて衣服になるんだけど

値段はビクーニャ>アルパカ>リャマなんだって。

小さなかわいいビクーニャの毛皮は最高級品なのです。

試しに「ビクーニャ マフラー」とかで検索してみてください。

めっっっっっっっちゃ高い!

どんなハイブランドもびっくりよ?

マフラーよ?

数万じゃないから。

数十万とかだから。

気軽にお土産にでもと思ってお店で値段見た時の衝撃ったらなかった。

2013年3月25日 インカ古道トレッキング

さて、マチュピチュ遺跡観光の後は

インカ古道トレッキングというオプショナルツアーに参加。

標高2400メートルのマチュピチュ遺跡から

300メートルほど標高が高く、マチュピチュ遺跡を見下ろせるという

インティプンク(太陽の門)へインカ古道を歩いて向かう行程。

実はあまり記憶がない。

たぶんちょっと高山病になってたんだと思う。

覚えているのは途中からめっちゃ息苦しくなって

休憩してもまた数十メートル歩くだけでぜいぜいと息切れしていたこと。

そんな私の隣を5~60代のおじさまおばさまが悠々と歩いていく姿。

マチュピチュを見下ろせるインティプンクがどんなだったのか覚えていない。

運動不足を痛感しましたね。

2013年3月26日 クスコからプーノへ

高山列車でクスコに戻りバスに乗って標高3800メートルのプーノへ。

富士山より高いところに町がある。

ガイドさんは繰り返しくれぐれも走らないように無理をしないようにと注意喚起。

小走りすら厳禁。

同じツアーの方が体調悪そうにしていたけれど

私はといえばインカ古道トレッキングで息切れしたときのようなことにはならず。

ここにきて日本から持参した

飲む酸素タブレットとか

ダイアモックス(高山病の予防薬)が効いていたのか

割と元気に過ごしました。

かわいいホテルのロビーには

おしゃれなガラスのティーポットにコカの葉をいれてコカ茶が飲み放題。

ペルーの人は高山病予防にコカ茶を飲むらしい。

コカ。そうコカインのコカです。

コカ茶はコカの葉を乾燥させて飲むのだけど、これはペルーでは合法。

コカインはコカの葉を精製したものでこれは違法。

少量たしなむ程度なら体にいいものなのに、精製すると毒にもなるということかな。

コカの葉はお茶以外にもペルーではキャンディーやガムになっていたりする。

もちろんこれも合法。

でも国外に持ち出すのは違法。

ガイドさんがくれぐれも絶対に持って帰らないようにと何度も言っていた。

うっかりガムがポケットに入ってたとしたら乗り換えのアメリカで刑務所行きなんだそうです。

コカ茶やコカガムはオッケーなのにペルーは外での飲酒やたばこはアウト。

いろいろ不思議。

おそるおそる飲んでみたコカ茶の味はと言えば、うーん。

ちょっとスッとするかな?っていうぐらいの

びっくりするぐらい普通の葉っぱの味でした。

2018年3月27日 さらなる高みへ

プーノからさらに高度上昇のチチカカ湖へ。

チチカカ湖に向かう途中の標高4335メートルで撮影

チチカカ湖は標高3800メートル。

何度も言うけど富士山より高いねんで。

湖の真ん中に浮かぶ葦のような草でできた島にわたる。

昔はそこでたくさん人が住んでいたらしい。

今は住んではいないけど、民族衣装を着た人々が

当時の暮らしを再現しながら観光客に民芸品を売っている様子を見学。

一旦飛行機でリマに戻り少し観光。

博物館でミイラやミイラを模した陶器をいっぱいみる。

生贄の時も思ったけど、やっぱり生死に対する考え方がもう全然違う。

最近までミイラを家の玄関においてあったりする風習もあったりだとか、

死者と生者が交わっていたりとか。

書き出したらきりがないぐらい、もう本当に文化というか

生きるとか死ぬとかいうことの概念が違う。

これまでは理解できないからネガティブに見てた部分もあるけれど、

実際にその場に来て見て聞いて知ってみると

ああこれ、おもしろい。

そう思った。

3月28日 帰国へ

バスと飛行機を乗り継ぎ乗り継ぎ日本へ帰国。

那覇かどっかの空港で刃物を持った男が出たらしく、

飛行機が遅延遅延で

家に帰りついたのは夜中の24時半でした。

次の日に仕事を入れたのをほとほと後悔したものの

行きに比べると全然時差ぼけはなかった。

東に向かうときは時差ぼけに気を付けよう。

思えば遠くに行ったもんだ

ペルーに行ってから数か月は頭の中が完全にペルーかぶれになっていました。

そのころは色彩感覚が崩壊していたのか

コーデさんによく服装をディスられていたような気がする。

帰国後しばらく使っていた10ドルほどのペルーかばん。アルパカがついてる。

先日コストコでセビーチェを手に取ったときから

よみがえるペルー旅行の記憶。

記憶は特に感覚的なものから呼び覚まされていくようで

美しい風景の記憶や料理の味など視覚と味覚、

そしてそのときの感情がよみがえってくる。

そしてその感覚的なものにたどりついたエピソードが肉付けされていく。

たぶん思い出すエピソードや情報は正確ではない。

でも新しい知識や経験を通じて感じたことや気づいたことは、

表現は難しくても私の中では確かなもの。

旅とはそういうもの。

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